青木 誠選手

医院に貼ってあるポスターの選手です。

デビュー当時から親交があり、最近5連続KO勝ち中です。

5月3日阿部野区民センターで試合があります。先日お亡くなりになった小松選手の追悼試合ということもあり、いつも以上の気合が入っていることと思います。

今年中にランキング入りを目指して、突っ走ってください。

がんばれ青木くん。

祖父の法事

母方の祖父の13回忌でした。こちらのおじいちゃんは、小さいころから口数が少なく、近寄りがたい雰囲気がありましたが、自分に厳しく一生現役を貫いた人でした。

私は、このおじいちゃんが大好きで、厳しさの中にもやさしさが溢れ、私には微笑んでくれました。 

「祐一、しまつせーよ。」(淡路の言葉で節約しなさいよということ)とか、「祐一、がんがんばっとるな。」とか会うと、いつも同じようなことを言っていましたね。

暖かさと包容力があり、会えば安心できる大きな存在でした。

おじいちゃんは私が歯科医師になってすぐに亡くなりました。もう13年も経ったのかと、しみじみ思います。

おじいちゃん、今の祐一は歯医者として、人間としてどうですか?天国からいろいろ教えてくださいね。

また自分を見つめなおす良い機会にめぐまれたことに感謝です。

僧医

新聞で対本 宗訓さんという人の記事を見つけました。

長い間、住職として生きて来られましたが、医師になり、僧医としての道を歩み始められたそうです。

僧侶として人の終末に携わって来られましたが、いかにして豊かに生きていただくかを考えての医師への転身であったようです。

また、緩和ケアなどにも力を入れていきたいようでした。医師としてそして僧侶として人々の人生を豊かに過ごしていただくために体の構造を理解し、心のケアも大切にして人と触れ合っていかれることと思います。

「僧医」という言葉や概念は今までなかったためになかなか理解しにくいですが、この先生の生き様が「僧医」というものをつくっていくのかなと思います。

苦しむ患者さんを本当に救う人になったとき、この先生に一度会ってみたいです。

子供の幼稚園バスの時間に合わせて仕事前の朝、家族で過ごす時間が多くなりました。

以前は子供の就寝時間がなかなか安定しなくて朝はひとりで過ごすことが多かったけど、みんなでワイワイ過ごす朝は、本当に楽しくて力の源になります。

これから毎日当たり前のように過ごすことになるであろうこの幸せな時間に感謝したい。

大先輩

先日、40年以上開業していた、ある歯科医院の先生が突然当院を訪問されました。

その方とは初対面でした。

お話を聞くと5月で歯科医院を閉院されるということで、何人かの患者様を当院におねがいしたいとのことでした。

40年前というと私は生まれていない時代でそのころは、抜歯が今よりも頻繁に行われていましたが、その先生は、歯を残すことに全力を注いでおり、お話させていただいても、患者さんを大切に思うやさしい人柄がうかがえる素晴らしい歯科医師であるということが理解できましたし、自分の考えと共通するところが多いと感じました。

40年間地域医療を守ってこられた責任感を託されたことが、良い使命感となりました。

患者さんを大切に思うその先生に野上に患者さんを託してよかったと思われるようにこれからもっともっと勉強です。

開業40年先、自分がこの先生のようにこの地域の方々を愛し続けられるように1日1日しっかり歩んでいこうと思います。

先生長い間お疲れ様でした。

小松選手

亀田大毅選手との試合を1ヶ月後に控え滝での精神修行中に死亡したそうです。

所属のグリーンツダジムは親しい選手が多く、人事とは思えません。

彼は最近ジムを移籍してきたこともあり、直接話したことはないですが、多くの試合を観戦させていただいたこともあり愛着のある選手のひとりでした。

亀田選手の試合を決めたことでも判るように過去にも現在世界チャンピオンの内藤選手やポンサクレックなど強い相手との厳しい試合を戦っており非常に強い精神力の持ち主でした。

東洋太平洋のチャンピオンに二度なっていたころから比べると一番最近の試合では1RKO負けをしており、またダメージの蓄積から動きにキレがないように見えました。

亀田選手との試合には相当な覚悟で練習してきたことでしょう。
本当に残念です。
4月は2005年に亡くなった田中聖二くんを想い、いろなことを考えます。

子供の頃、ただのボクシングファンであった私が、金沢ジムの藤谷トレーナーとの友情の元に深く関わるようになりました。

亡くなった選手たちに人生の厳しさを教えられて身が引き締まります。

彼らが命がけで戦うということをしっかり受け止め、悲しむばかりでなく自分も強い気持ちをもって関わっていく覚悟が必要がある。

小松選手のご冥福をお祈りいたします。

幼稚園

早いもので子供が今日から幼稚園にいくことのなりました。

3年前、開業直後の過労で倒れ病院に搬送されました。めまいと頭痛手足のしびれと頭痛で自分で立つことが出来なくなりました。

私はそんな経験ははじめてで、救急車の中で始めて死を意識し、娘が生まれてきても会えないかも知れないということを覚悟しました。

検査の結果、悪いところはなく静養したのち、今は元気いっぱいです。

3年前のことをいつも忘れることなく過ごしています。

娘とあえないことを覚悟していたことを考えると幼稚園に行く日にいっしょにいることができたことは本当に幸せです。

人生いいことも悪いこともありますが、子供の成長とともに過ごすことができること、家族が健康であること、スタッフが元気いっぱいであること、患者さんが必要としてくれることなど、これから毎日歩んでいく私の人生の道ですが、これらが当たり前のようにつづいていこくことが本当の幸せであると思います。

今、生きていることに毎日感謝しながら、笑顔でいつづけたいと思います。

鉄人 金本

41歳を超えて、オフにひざの手術をしてそしてオープン戦ほとんどなしのぶっつけ本番の開幕。

今までプロ野球のスター選手が怪我をした後に手術をしたり、リハビリをしたりと苦労を重ねたが、全盛期の力を取り戻せた選手は、記憶にない。

しかし金本選手は明らかに若い広島時代より今の方がはるかにすごい。

まだ10試合していないのに1試合3本塁打が2試合。打率6割

シーズンを終わってからどれだけの成績を残せるかわからないが、金本選手のシーズンオフのリハビリやシーズン中の体調管理を実践すれば多くの選手の現役生活の延長が可能になると思う。

体力のみの理屈では証明できないモチベーションや感謝の気持ち責任感など精神的な要素がそれを実現しているような気がする。

全試合フルイニング出場というとてつもない目的を立て、打撃において高いレベルでの目標を毎年を達成し続けることの積み重ねが前人未到の記録を作りつづけている。

肉体の理論は過去の常識や多くのデータから作成されるが、人間の体の進化や体力の向上や病気や怪我の克服は、現在の高い技術の手術とリハビリと常識を超えた目的を必ず達成するという強い心が合わさることによってもっともっと向上することはまちがいない。

金本選手は常識を超えた人間の進化の証しである。

プロボクサー渡部 伊予守 雅之 

私と親交のあるプロボクサーです。先日、ボクシングのライト級新人戦にて1R KO勝ちを収めました。
当院のスタッフも応援しています。

非常に男前で性格も良く、周りを幸せにしてくれる良い男です。

この日のKOは一試合のみでした。世界戦を何度も戦った藤谷トレーナーが指導していることと渡部選手の努力ですばらしいボクシングを展開しました。トーナメントは続きます。西日本新人王を獲った後は九州の新人王、中日本の新人王と戦い、そのあと東日本新人王と全日本の新人王の決定戦となります。

長い闘いになりますが勝てば日本ランク10位になります。ここから世界チャンピオンになった人も多いためこれを獲るかどうかで、これからの人生大きく変わります。

相手もがんばって練習しているので勝つことは簡単ではないですが、応援しています。

8020

理想の歯科医師像も時代とともに変化する。

その昔、人生の終末期にはほとんどの人が総入れ歯になっていた時代は、歯を抜くのが上手で入れ歯を作るのが上手な歯科医師が尊敬された。

近年では8020運動(80歳に20本の歯を残すこと)を唱え、歯を保存する方法が進歩した。

80歳になったときほとんどの人の歯がなくなっていた時代からすると、20本の歯を保存することができるようになったことは素晴らしいことである。

しかし、良く考えてみると8本の歯は失われている。これから目標は「8028」80歳で親知らず4本以外の28本の歯をすべて残せるようにすることである。

歯の喪失は、歯以外の全身的な病気や生活習慣が理由である場合があるため歯医者任せでこれを実現することはできないし、患者さんのケアだけでも難しいと思う。

若い頃からむし歯、歯周病、歯並びの予防をし、くいしばりや歯ぎしりをコントロールすることにより実現できることである。

そのためには今より一層の患者さんとの絆を深くしていく必要がある。

4月1日になりました。8028を人生の目標として新たな一歩を踏み出したい。